ときどき、「笑い」ということについて、真剣に考える。
私は、「笑い」というのは、この世の中の矛盾を、調整する役割があるのではないかと思う。
世の中の「ほころび」を繕うイメージ。
この社会、この世界について、真面目に真面目に、ひたむきに、論理的につきつめていこうとすると、どこかで必ずや矛盾が生じる。絶対なる真理、絶対なる善などというものはないということ、人間には説明できないものがあるということに、気がつく。世の中の理不尽さに、気がつく。
圧倒的な理不尽さを前にしたとき、それを誰かのせいにしたくなる。これが悪い、あれが悪い、お前が悪い、または自分が悪い、と言いたくなる。
「笑い」はそこから人を助ける役割を担うと思う。
自分がどう頑張っても覆せない理不尽さが、この世の中にはあると思う。
どう頑張っても悲しいことや、どう頑張っても腑に落ちないこと。
戦火の市民なんかは、圧倒的な理不尽さを、突きつけられる。
そういうとき、人を「怒り」や「排他性」から救うのは、「笑い」だと私は思う。
何だか少しおかしいこと、何だか少し滑稽なこと、何だか少し愛らしいことを目や耳にしたとき、何故だかわからないけれど、笑う。
矛盾に溢れた世界でも、「笑い」は、帳尻を合わせる力を持って、人に生きていく力を与えていると、私は思う。
笑うとか笑顔ってさ、相手に対してこっちが、幸せにしてあげるというか、リラックスさせてあげる、不安を少しでも取ってあげるっていう効果が強いよね。俺は、常に人には笑顔を振舞うように自分の中で決めてんだ。相手が元気とか幸せな気分でいると自分のそのパワーをもらうから、それが俺の幸せにも繋がるんだよね(^^)でも、自分が元気ないときも、笑顔でいなきゃって思って、無理してでも笑うんだけど、相手もそれを気付いてるみたいで、無理して笑うなって、逆に迷惑かけたり、不愉快な気持ちにさせたり。。。そこがだめだなぁ・・って思う。笑うって無理して使うものじゃないのかな・・・
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