暑くなってきたなあ。夏がやってくる。
この季節になると、テストが近づいてきて、ばたばたしたりそわそわしたりしながら、テスト当日に誕生日を迎えたりしてたなあ。
23が近づいてくる…
次のぞろ目は33歳。
そのころ一体あたしは何者になってるんだろう。
でも、今はそれは考えないわよ。今を生きるのだ、うん。
それはそうと、
今日は学会→懇親会から帰ってきて、パソコンで名刺を作ってた。
今はテンプレートを無料ダウンロードして、PCとプリンタと用紙があれば、家で名刺が作れてしまう。
なんて便利なんでしょうね。
そして、作ってみたら、あら、楽しい。どうしよ~。
時間を忘れてやってたら、こんな時間…(だからルーズなんだわ。)
実を言えば、進路に死ぬほど悩んでいたとき、一時デザイン系の専門学校に行くことを考えていた…
イラストを描くことが昔から大好きだったし、表現したい欲求がずっとあった。
結果的にその道を選ぶことはやめたけれど、やっぱり、つくることって、すごく楽しい。
こだわりだしたら止まらなくなりそうだから、ほどほどにブレーキをかける。
本当はテンプレートじゃなくて、自分で絵描いたりして名刺を作りたいくらい…
絵の具で描いてデジカメで撮って、それを添付したら楽しそう。
一個じゃつまんないし、すごいシンプルだから、他のバージョンも時間のあるときを見つけて作りたいなあ。と目論み中。
名刺作りでこんな楽しんでる自分に驚き…
でもきっとそういうのやりだしたら本当に止まらないから、危ない。
あたしは昔から、「終わらせる」ことが苦手だった。
どこかで「終わり」にしなきゃいけないのはわかってるんだけれど。
だから、色んなことを完全に満足してやりきるってことが、なかなかわからない。
蛇足が怖いのかもしれない。
何より、頂点でなくちゃいけない、「終わり」というものが、未知すぎて、苦手意識がある。
だから、計画性もないし、いつも色んなことがぎりぎりである。
結局中途半端になって時間切れ、なんてのもしばしばある。
「終わり」を自分で決断できること。
それって、すごく大切な能力かもしれない、と思う。
ん、なんか脱線してる…
兎にも角にも、つくることって、すばらしい。
今日の学会は、発表聞いてるとき頭の中で音楽が鳴ってた。
昨日兄が夜ビョークのライブDVDを見てたからだっ。(人のせい。)
ビョーク大好きだから、いいけどね。
異文化コミュニケーションと音楽のコラボも、悪くないと思う。
て、何じゃそれ。
つくることは表現の手段として機能しているよね。デザイン、名詞、音楽どれも抽象的な概念で表現しうる。だからそれを文字での表現という分野でムリに言い換えるなら小説が近いと思います。こういう営みはやらなくちゃいけないことがあるほど、夢中になる気がしますな。
返信削除そういう意味で、他に仕事があるときに、こういう営みを「終わりに出来る」力って重要だよね。・・・私は苦手です。