以下は火曜に書いて、下書きのまま保存してあったので一応載せておこうと思う。
今日、「国際NGO発展論」の授業で先生は、援助の三類型に触れた。
1 人道系(主に緊急支援など)
2 農村開発など、長期型のもの
3 アドボカシー・政策提言
だいたいこの3つに分類できるのが、NGOの活動だということ。
これらはそれぞれ属する人のタイプが違う、という。そして私たち学生に、自分はどれにあてはまると思うかを先生は尋ねた。
困った。わからない…
「わからないです」と正直に答えたら、もちろん皆さんそれぞれどれも興味あるでしょうけれど、わからなくても言ってみて、とおっしゃた。
私は瞬時に考えて、自分は今は1か3だと思った。
そして3と答えた。
私はいつも、自分を分析する。
自分は、人の役にたっているという感覚がほしい=そう思えることで自分の存在意義を確認したい(1になるのかな)、もしくは、世界を自分の美意識に合うように変えたい、つくっていきたい(3になるのかな)。
そういうエゴイスティックで個人的な欲望が、NGOのような活動に携わりたい、根本的なモチベーションになっているのではないか、と。
「表面的」には、ひとの役にたちたい、苦しんでいる人や困っている人や辛い思いをしている人を、どうにか助けたい、とか、不条理で不平等な世界を変えたい、というように言いかえることができるかもしれない。
でも、深層心理は、上のような欲があるんじゃないかなあ、と思う。
つまりは、自分のためであり、辛い人や苦しい人に、自分を重ねて、「仲間」になってもらいたい、それで自分が救われたい、という感情があるんじゃないかと思う。
村上春樹さんが表現した「壁」(=システム)と「卵」(=個人)だったら、自分が卵でいたいし、卵でいることしかできない、脆弱な卵であることを自覚しているからではないか、と思う。
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