毎回毎回、記事を書き始めても、話題がどんどんずれていってしまうので、全くどこにいくかわからない。
あたしはどこまで正直に生きれるんだろう。
色んなものに影響されてぐるぐるぐるぐるし、意見が変わってしまうのも、正直と言えば正直だ。(自分の中の根っこの根っこは変わっていないのかもしれないが、実際、本当に色々なひとやものに影響を受けて、ころころころころしている。)
その一瞬一瞬を、自然に生きる、ということだろうか。
「比較」ではなく、自分に問うということ。
正直への道(ていう言い方も何かおかしいけれど)は、それしかない。
自分の目で見て、聞いて、自分の感性に問うしかない。
でも、正直に生きてない人なんて、よく考えたら、いないかもしれない。
こころの中で思ったことを、その場で言えなくて、反対のことを言ってしまったとしても、それはそのひとの素直な反応だと考えれば、正直だ。
ただ、それが自分にとって、納得できるかどうか、ということだろう。それが結局とても大切なんだと思う。
先日、TVに建築家の安藤忠雄さんが出ていて、事務所の様子が取材されていた。
安藤忠雄さんは、妥協を許さない非常に厳格なひとといった感じで、社員は門下生のように建築についてときには怒号を浴びつつ学んでいた。愛のむちといった感じで、すごい情熱が伝わってきた。
私は、「ああ、やはり厳しい世界に生きているひとはすごい。ものごとを大成させるには、あのような厳しさが必要なのだ。」と思った。自分に不足している点や失敗をあんなにずばずばと言われても、必死にそれを克服すべく勉強する社員(門下生)の姿は本当に感心した。
私は今までそんなにずばずばと人にダメだしされたことはあっただろうか。
否。
そう思うと、私は自分の生きている間直面すべき何かを避けて生きている気がして、自分の人生が非常に薄っぺらく空虚なものに感じた。
そういうものに、自分がこのいのちを惜しみなく注ぎ込めるものに、「出会っていない」感が湧き起こった。
とは言え、ネガティブに悩んでいることは有効な時間の使い方ではないということにここ最近ようやく気付き始めた私は、そういう気持ちをすっ飛ばし、昨日は地元の図書館に行って楽しいエッセイとかを読みたい気分になっていた。そこで前から好きだったさくらももこのエッセイの割と最近出たものを借りた。
期待どおり面白かった。ほんと、絶妙な笑いのツボをわかってらっしゃる。
当たり前だけれど、安藤忠雄さんの醸し出している空気とは全然違う。失礼かもしれないが、庶民の生活の中にあって、多くのひとが共感するであろう「ゆるい空気」「ゆるい笑い」を、ちびまるこちゃんもコジコジもエッセイも共有しているなぁと思う。私はいつも読みながら笑わずにいられない。
飾らないから、それがいいんだろうなぁ。
そういえばよく小さいころまる子と私は似ているなぁと思っていたものだ。寝坊すけなとことか、妄想癖とか、のん気でだらっとしてるとことか。笑
安藤忠雄さんの持つストイックな空気とは違うけれど、さくらももこさんはさくらももこさんで、自然で、正直で、いいなぁと思ったのだ。そしてまたしても自分を重ねて「正直にだらっとして、自分の好きなことを追及して生きるのも、もちろんみんながそうなれるかは別だけれど、いいなぁ」と、これまたあっさり影響された。
安藤忠雄さんとさくらももこさんは年齢も職業も全然違うけれど、体当たりで素っ裸な感じは、似ているかもしれない、と思う。
何で安藤忠雄さんとさくらももこさんを並列しているのか謎ですが、きっとそれぞれ生き生きとしているからだと思います。
「生き生き」のために、模索しまくるのが、人生かなあ。
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