『きけ わだつみのこえ』という本がある。
第二次世界大戦で、学徒兵として動員された学生たちの手記や遺稿が掲載された本だ。
学徒出陣で動員された学生たちは、今の私と同じくらいの年齢の方が圧倒的に多い。
学問への志、家族や愛する人への思い、自由な思想。そういう様々な思いを抱きながら、戦闘や、戦地で患った病で亡くなっていった無数の人びと。
学部生のときからBlue Birdsがお世話になっている先生の発案で、「世代間対話」という企画が都内大学の教室で行われたのは去年の10月。
ベトナム戦争に反対した大規模な市民運動である「ベトナムに平和を!市民連合(ベ平連)」を率先していた世代の人びとと、20代の学生である私たちが、世代を超えて対話しようという企画であった。
その中のおひとりは、学徒兵の手記の保存や戦争体験の継承を行い、戦没学生の遺志を伝え、あのような戦争を二度と繰り返さないための活動を行っている「わだつみ会」の中心的な方である。
そのつながりから、私を含めたBlue Birdsメンバーは、本郷にある「わだつみのこえ記念館」を紹介していただき、戦没学生の実物の手記を拝見させていただいたり、さまざまなイベントにお誘いいただいてた。
今日は、そのわだつみ会主催の、終戦の日を前にした「今もつづく戦争」と題したイベントに出向いた。
太平洋戦争に関するドキュメンタリー映像や、戦争体験者の方の証言映像を見た。
とても色々なことが、頭の中を巡った。
64年前、ひとつの国家の軍部は、燃料不足や食糧不足の事実から目をそらし、戦局が明らかに傾いていく中でも、「精神力」なるもので戦争を完遂させることを主張していた。戦闘のさなかにいる人びとや、巻き込まれる一般市民のことを、一時でも考えたことはなかったのだろうか。冷静さも正気も、何も感じられない。
戦闘を行った国どうしの人と人の間の憎しみや恨み、憎悪の感情と、たくさんの犠牲者。それだけが後に残る。それが戦争だと思う。
「勝ちたい」「打ち負かしたい」
そのような欲望が国家全体を包みこむということ。その恐怖を感じると同時に、人間ひとりひとりにも、そのような感情があるということを再認識させられて、はっとする。
その感情がひとの精神を占領したとき、人間は狂気になる。そして戦場では、ひとは狂気になるしかないのかもしれない。
そうなる前に、考えたい。気づきたい。大きな大きな流れが出来上がり、その流れに逆らうことが不可能になってしまう前に。
少年兵として志願、お兄さんを潜水艦の特攻で亡くされ、終戦後はシベリアに抑留された経験を持つ方と、特攻隊に指名され、訓練を受け、出撃直前に終戦を迎えた方など、戦争体験者の方々に直接会場でお話をお伺いすることができた。
軍隊に入ることを夢見ていた少年たちがいたということを知る。
一週間終戦が遅れていたら、今生きていないとおっしゃった、特攻の訓練を受けた方のお話。
シベリアで命からがら生き残って帰国した後も、差別などに苦しんだ経験を語られた、元少年兵の方。
まさかそんな経験をされているなんて、言われなければわからないような笑顔を向けて下さりながら、私たち何も知らない学生へお話して下さった。
戦争体験をした方がたは、もうご高齢である。
私は、祖父も祖母ももう亡くなってしまったこともあり、そのようなお話を今日直接お聞きできたことは、とても貴重な経験だった。
繰り返さないために、気づくことができるように、知らなければいけないことがあると思う。
戦争に至るまでのこと、アジアの国ぐにで日本が行ってきたこと、今も眠る戦没者の亡骸のこと、戦争が人びとに遺したさまざまな爪痕のこと。今も世界で、起こっていること。
知り続け、考え続けること。私が今できることは、そうしてそれを少しだけでも誰かに伝えていくことなのかもしれない。
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