2010年2月8日月曜日

つれづれ試験カントク

あたしは思う。

思い込んだモン勝ち。

人生はストーリー。

こんなストーリーを演じきるんだって、思い込んだらしめたもの。

どんな役者にだってなれるって、思い込んだそのときが始まり。


山あり谷あり。

だけど失敗しても、ストーリーは塗り替えられると思う。



今日、入試監督のバイトをしながら、

目の前にいるこの子たちは、ひとりひとりがこれからどんなストーリーを描いていくんだろうって、思ってた。

高校生のときの自分は、夢見がちで、深い思索なんてすることもなく、生きる意味なんて考えることもなく、ただひたすら有り余るエネルギーを毎日使い果たすためにがむしゃらに生きていた。


この子たちは、今は目の前の大学入試という大きな壁を乗り越えるために、必死なんだろうなあ。
長い時間かけて、この日のために準備してきたんだろうなあ。
そんなことを思った。

画一的な答えを、求められた解答を、埋めるのが試験。


興味深く、また議論の種になりそうな本の一節も、試験問題として出題されると、○か×か、漢字の読み仮名を導き出すための、無味乾燥な文の羅列に見えてしまう。

あたしは、高校生のとき、こんな文章の味わい深さも、そこに埋め込まれた考えも、ほとんど何もわかっていなかったと思う。

ただ、○や×、求められた答えを引き出すために読んでいた。




ひとりひとりの子どもが、ストーリーを描くことを、阻害しないような大人になりたい。

大人がそういう社会を作っていかないといけない。


漠然と、そんなことを思ってた。

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