2009年10月2日金曜日

何が言いたいのかわからないけれど考えた。

持続可能な社会って??
そのためにできることって??

そんなことを、ぐるぐる考えさせられた二日間。

10月1日、2日と、国連大学で「ESDの10年・地球市民会議2009」というシンポジウムの運営ボランティアをした。シンポジウムを主催された先生方の院生である私たちはボラのお仕事をしながら各講演を聞いた。

Education for Sustainable Development:ESDについて考えるとき、いつも思うのは、環境的な視点から見た持続可能性とは何なのか、ということ。

これは非常に難しい問であると思うけれど、言えることは、このままでは本当に環境は危ないということだと思う。地球温暖化は嘘だとかそのような説も巷にあるけれど、私が今受講しているT先生の授業では、IPCCの予測でさえ、まだ甘く見積もっているという程、温暖化は深刻に進んでいるということ。

市民からの政策提言を考えるというテーマを掲げたセッションがあった。

都市で生活していると、一体どうすれば環境に負荷をかけない暮らしに近づけるのか、ということが、構造が複雑すぎるが故によくわからない。水や電気を節約するに越したことはないだろうけれど、ごみの処理は、細かく分別した方が良いのか、それともそうではないのか。何がCO2を減らすのか、何が環境にとって良いのか、ということは考えだすと複雑でよくわからなくなってくる。緻密な計算を行っていけば、それは明らかになることなのだろうが。
「環境の政策提言」ということを自分の生活からリアルに考えてみると、自分には専門的な知識がないため提言にまでいかないという、単純明快な事実に気づくのだった。

CO2は25%削減という目標が掲げられたが、それを達成するために私たちの暮らしはどのように変化していくべきなのか。

それを一刻でも早く知って社会変革していかないと、本当に、ほんとに東京沈むと思う。


セッションの中で、日本は政策提言を行うNGO/NPOへの助成をきちんと行うべきだ、という話があった。
それには納得した。適確な提言を行うことができるような専門性と志を持った市民団体が社会の在り方を変えていくのだろうと思う。

院生である自分の立場をそれに重ね合わせ、社会的意義の高い研究とは政策提言を行うことのできるくらいある分野の専門性をつけることではないか、と本当に恥ずかしながら今さらすごく合点した。それは環境分野に限らない。この世界には、「持続可能ではない」社会を現存させているさまざまな問題がある。
様々な問題を知る度、絶望的な気持ちになるけれど、教育に関して言えば、今まで主流とされてきた教育の方法は転換を迫られている、という認識は、拡がっているようだ。


と、色々と書いてみましたが、
やっぱりあたしには何ができるのだろうって、模索に模索、をしています。


あ、そうそう…
国連大学の中って、すごく綺麗なのです。
掃除が行き届いていて、イスはふかふかしてて。特に5階の会議室みたいなとこのイス。
(そいで、豆情報ですが、自販機で売ってるのは、あの1ℓfor 10ℓのお水オンリーなんですよ。)


一日目の休み時間、外に「Free Burma(ビルマに自由を)」の横断幕を持った人たちが立っていました。
国連大学の向かい側には、通いなれた、あたしの学部の大学があります。だから、そういう人たちがいるのを、学部時代何度か目にしたことがあります。

彼らの主張が、どんなものか、お話したわけじゃないから詳しくはわからないけれど、ビルマはミャンマーであり、軍事政権であり、日本のジャーナリストの長井さんという方が亡くなられたところであり、サイクロンでたくさんの被害を受けた場所でもあり……


あたしって、ホント何が書きたいのか、何が主張したいのか、途中でよくわからなくなってくるのですが、
何だろう。

とにかく、動き出さなければいけない、この世界に働きかける人間にならなければいけないって、そう、思います。



色んな真実が、同時に存在している、この世界。

今、ここで、生暖かい日本で、キーボードをカタカタ言わせている自分も真実で、
言論の自由を奪われ、監視の目に怯えながら暮らしている人がいるのも真実で、
氷河や氷山がどんどん溶けているのも真実。

ほんと、矛盾だらけです、この世界。


意図せずして、私の発することばや行動や存在が、誰かを傷つけてしまっている、と思って、ときどき、すごく悲しくて、どうしようもなくて、罪の意識みたいなものに捕らわれることがある。
望むのは、「平和な世界」とか言ってたり、思ってたりするくせに、自分という存在がそれを阻害しているじゃないか、と思うことがある。

「平和」や「暴力」ということを考え出すと、とめどなくわけがわからないけれど、
あたしはまだ、それに拘泥していきたい、と
世の中の矛盾を知りつつ、そう、思っている。

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