今日国際NGO発展論という授業で先生がおっしゃったこと、ことばは正確ではないかもしれないけれど以下のような趣旨だった。
「人間は美しくもあり、汚くもある。最後は自分、なのだけれど、愛他精神もある。そのせめぎ合いなんですね。」
結局、「人間て何だろう。」これはどの学問分野にも共通する普遍の問いなのだろうな。
この土日に行った研究科の合宿でも、ディスカッションの中でそういう話が出た。
大学院で勉強している間は、中立の立場でいられる。
何かに加担することなく、考えていられる。
でもあたしは選択しなければならない。
何者かにならないといけないんだ。
それをいつも考えてしまう。
上のことばの先生も、おっしゃっていたことだけれど、
自分の考えを形成するのはやはり「現場」なのだ。
私には、きっと「現場」が必要なんだと思う。
色んな矛盾や疑問が渦巻いていても、自分の目で見、感じたことでないと、自分の考えは作られないし、信じることもできない。
「現場」を見つけ、「現場」に出よう。
社会人の学生と、私のような学部あがりの学生の決定的な違いは、「現場経験」だと思う。
発することばの持つ重みが違う気がする。
今日の授業でも、NGOやNPOの職員をしながら学んでいる学生の方は、問題意識が明確だと思った。
もやもやしている、この頭でっかちな自分が、情けない、と思った。
理屈ばかりを勉強したって、何もわかっていないのだ。
「現場」に出よう。
勉強で学んだことだけで、世の中を変えていくなんて無理なんだって思う。勉強はこれからの自分への道標であって、やっぱ、実際現場に出て現状を理解して、地道にコツコツとやるべきなんだろうなってすごく思う。ある先生が、勉強するだけでは飯は食えない。勉強した知識を活かして、現場で汗水流して働いてやっと少し飯が食えるのだ っていってた。最初はあんま考えなかったけど、今こうして勉強したり、いろんな研究者の方と話をすると、みんなすごい知識が豊富で、それも現場で地道にやってきたから、なんだなぁって思う。だから、その言葉の重みが理解できる気がする。
返信削除みんなはどういった現場にでるのだろうか^^そして、オレはどういった現場で生きていくんだろうなぁ 笑
はっきりした方向性を見つけなきゃ(汗)
現場にいると社会に汚れてしまい、何かが麻痺してしまうこともあると思うよ。大学院で自分の究めたいことに関する体系的な知識は、きっと体験的なものから生み出されたものが多くあるでしょう。
返信削除「理論と実践は両輪である」
働くと判るけど、現場に出ると勉強する時間がほとんどない。
大学院で理屈すら十分に勉強していない人間が、現場に出て他人より給料が高いMaster of Artsの名の下に働けるのだろうか。現場に出ている人間に対して、若者が反抗できるのは、情熱と理屈くらいなんじゃないの。今の期間位は、くれぐれも現場の人間と同じフィールドにムリヤリ立とうとしないほうがいいのでは?
と、歴戦の覇者たちからアドバイスされた言葉を自分なりに整理してお伝えします。